描写練習コミュにて出ていたバレンタインのお題に投稿した物を元に、ひとつひとつを物語として書いていってます。
お菓子会社の宣伝戦略に協力しましょう ver.2010
http://www.dnovels.net/topics/detail/401/6189
元ネタは、こちら↑↑に投稿してあります。
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ウチの娘は意地汚い。
そう言いたくなるぐらいに、幼い娘はよく物を食べる。
いろんな物を何でもおいしそうに、ぱくぱく、ぱくぱく。
食べている姿は、いつ見ても必死とも言えるほどに真剣勝負の顔だ。
まるで、普段から食わせてないみたいじゃないか。と、文句でも言いたくなるほどに、食べ物に関しては譲る事を知らない。
ようやくおしゃべりを始めたばかりの娘は、横柄な態度で、人の物まで横取りして食べてしまう。
「こえ!」
のたった一言と、指先ひとつで全てを手に入れる暴君だ。
それを阻止しよう物なら、泣いて暴れて、俺の顔は小さな手の平でぺちぺち叩かれる。あんまりだ。俺は、娘のないすばでぃーをせめて現状維持したいだけなのに。
見よ、このむちぷりな、ばでぃー!!(ビューティーこくぶ風←ジャパ●ットた○たの社長の物まねする人)
むちぷりで気持ちが良い、このほっぺと、腕と、腹と、太股をくまなくつついたら、娘は更に凶暴度を上げる。
そして俺は、殴る蹴るの暴行の果てに、
「すまん、俺が悪かった」
と、泣いて暴れる娘を前に、深々と頭を下げて謝る羽目になる。
父親の威厳なんて、あった物じゃない。
普通の食べ物でも、この状態である。
まれにしか食べさせる事のない、「大人のお菓子(妻談)」を目撃しよう物なら、危なっかしい足取りで、猛突進してくる。
そして、暴君よろしく、
「こえ!」
の、一言。
だが、俺も妻も大人のお菓子のような危険な食べ物を、そんなたかが一言で渡すほどお人好しではない。娘の体を悪食から守るため、必死に抵抗するのだ。そう、これは親のつとめなのだ。
決して俺がお菓子を食べたいせいではない。
いつも簡単に娘に負ける俺をたびたび見ている妻が、厳しい目で俺を見ている。
心配するな、毎回毎回負けるつもりはない。これでも俺は、父親だ。
俺は、妻にきらりとさわやかな笑顔を送る。
そして、俺の健闘むなしく、
「ひ、ひとつだけだぞ……」
と、妻の冷ややかな目を気にしながら、暴君に負けるのであった。
その後ももちろん、「こえ!」と更なる要求が突きつけられるのだが、これ以上は、妻の冷たい視線から己を守るという、どうしても越える事ができない苦境に立たされて、娘から、殴る蹴るの暴行を受ける事になるのだ。
大人のお菓子というと、時々、それを求める余り急ぎすぎて転んで大泣きされるという、おまけがつく事もある。
それは見事なこけっぷりで、ドタンとこける。こけた姿は大の字だ。
お前、絶対、コントして俺を笑わせようとしてるだろう。
泣いている娘を抱き上げて、泣き顔をまじまじと見ながらそう言うと、「ちゃんと心配せんかい!」と言わんばかりに更に大声で泣かれ、そして、大量の大人のお菓子を巻き上げるのだ。
どちらにしろ、俺には、娘が「大人のお菓子」に焦がれるのを止める事が出来ないらしい。
そして、この日がやってきた。
俺と妻は、最大の失敗をしてしまった。
義理でもらった、チョコレート菓子がいくつか娘の目の前でこぼれてしまったのだ。
「「あ……」」
俺と妻は固まった。事の成り行きを、二人で息を潜めてじっと見つめる先で、娘はひとつの箱を、がさがさと触った。
こういう時の、人間の本能とは恐ろしい物だと、つくづく思う。
娘には開けるのが難しいはずの箱にもかかわらず、この時はいとも簡単に開けて、中身をバラバラとぶちまけた。
「うきゃぁぁぁ!」
変な笑い声がしんとした家に響いた。
「……どうする?」
俺には、アレを取り上げる勇気がない。
妻も同じ思いだったのだろう、深い溜め息をついて娘の前に座り込んだ。
「今日は、バレンタインデーだから、特別に分けてあげるわ。本当は、おとうさんのお菓子なんだからね。今日だけ。ふたつだけよ?」
妻が二粒のチロルチョコレートを残し、後は全部片付けた。
娘は「うー」と、怒りながらも、残された二粒を渡されると、うれしそうに笑い、手に一粒ずつ握りしめ、ぶんぶんと振りながらうきゃきゃと笑った。
そして、包み紙と格闘し……開ける事ができずに、俺の元にやってくると、
「あい」
と、渡された。
決して、これは俺にくれたわけではない。これは、開けろとのご命令なのだ。一言で全ての指示を分からせるとは、人の上に立つ才能があるのではないかと思う。……という事にしておく。
本当は、俺の娘に対する愛のなせる技だがな。娘よ、時にはそんな父親を敬ったらいいと思うぞ。
けれど、それを言うのは大人げないので、二つ返事でそれを受け取る。
「……はい、どーぞ」
暴君のおうせのままに、俺は包み紙を開けてやる。
ひとつを開けると、娘は中身だけを俺の手の平からをつかみとり、しっかりと握りしめてから、もう一つを「あい」と差し出してくる。
「はいはい」
俺は溜め息をつきながら、もう1個の包み紙も開け、娘に手渡した。
これでいつでも食べられる状態になったことを喜んだ娘は、食べもせずに、チョコレートを握りしめ喜んでいる。
「早く食べないと、溶けるぞ」
俺の言葉に、意味が分かっているのかいないのか、娘がひとつをぱくりと食べた。
握りしめていたせいで、手の平にはチョコレートがべっとりとついている。
遅かったか……。
俺はお尻ふきを一枚取り出すと、ウエットティッシュ代わりに、汚れた手を拭いた。
おとなしく拭かれている間は、いつもの暴君は顔を潜め、不思議そうに俺を見上げている。
可愛らしくて頭を撫でると、娘がにっこりと笑った。
「おとーしゃん」
小さく可愛らしい声に、笑みがこぼれる。
「うん? どうした?」
頭を撫でながら、娘の目線にかがむと、娘は、握りしめた手を差し出した。
「はい! こえ、あげゆ!」
握りしめた手が、ぱっと開かれる。
小さな娘の手の平に、溶けかけたチロルチョコレートが一粒。
「いいよ。チョコレート、好きだろ?」
自分で食べるように促すと、娘は、口を真一文字に結んで、「ん!」と、更に俺に差し出してくる。
溶けてべとべとになった手の平。
絶対に食べたいとは思えない、チョコレートが一粒。
真剣な娘のまなざし。
選択肢はない。
俺は覚悟を決めて、小さな手の平の小汚いチョコレートを口に含んだ。
その瞬間、最高に幸せそうな顔で、娘が笑った。
人生で、一番チロルチョコレートがうまいと感じた日だった。